一日
私は形の崩れかかったアイスクリームをだらだらとなめている。溶けた青いしずくが持ち手の木の棒をつたい指にたどり着くのを待つともなく待っていた。
「プールほしいよなぁ」
隣でスマホをいじっていた幼馴染が暇そうにつぶやく。プールと言われて青いしずくを眺めた。真っ青な空を仰いだ。蒸した風が白い雲を面倒そうに押し流していた。アイスを空に浮かべてみると空のほうが色濃い。そうしていると青いしずくはすでに指へつく寸前まで進軍していた。
「掘るか!」
と空に向けて言ってみる。少し気持ちがいい。
「泥が」
「泥」
境内の陰でひざしをまぬがれていた土とほこりは、太陽が昇るにつれじりじりと陽に焼かれ、かげろうとなりて舞い上がる。
「泥っつーかそれ溶けすぎ」
「アイスはつめたいなー」
指についたしずくを舐めると、木の棒を持ち替えた左手にまたしずくがつく。
眼下の道を必死にのぼってくる軽自動車を見おろしながらただただおしゃべりに興じていたが、乾いた爆音が間近に迫り、二人して顔をしかめた。夏だというのに真っ黒に塗装した軽は果たして我々の目前に停車した。運転手は窓を開けてこちらへ絶叫しているが、まったく聞こえない。私は石段から立ち上がり窓から左腕を突っ込んでエンジンを止めた。
「何ですか」
私は思ったままを口にした。先輩は先ほどの調子から少しトーンダウンした。
「お前らが呼び出したんだろ。どうした?」
「先輩、プールもってきました?」
幼馴染の声を聞いて呆然とする先輩の顔に、我々は大変満足した。背後からセミの合唱が急に耳へ戻ってきた。
「どこか、どこか行くんだろう?」
先輩の懇願するような声にいよいよ救われた我々は
「海にいきましょう」
と声を揃えた。
人類の進歩というものは皮肉である。資本主義に牽引されよりよい物が作られる。だが私たちの生活は本当によりよいものになっただろうか。現代労働者は人生の大半を仕事に費やすが、一方、原始時代では必要なときに食物をとり栽培して気負うことなく生きていた。それでも道具は現代のほうが優れているというのは事実、そして弊害があるのも事実。
駐車場は満車だった。遠方のナンバーがずらりと列を作る。その後方で爆音を轟かせる先輩の車は、その爆音さえも悲しげに聞こえた。
「外の人暑そうですね」
だれきった私は歩道を行き交う人々を見ながら呟いていた。太陽は先輩の黒い車を焼こうと躍起になっているようだったが、クーラーこそ現代の利器。資本主義の競争の中に立っているのだ、それくらい許されてもよいのではないか。
「気分だけでも夏の海を味わうか」
そう言うと日焼け止めを塗っていた隣の幼馴染は、窓を開ける。途端に熱気だけでなく爆音までも車内へなだれこみ、無言で閉めにかかった。
「駐車場とはなんでしょうか」
思いついたままを口にするのは私の癖だ。
「駐車する場所だろう」
先輩は律儀に返答してくれる。
「違います。駐車できる場所のことです。従ってここは駐車場ではないと宣言したい」
となりの後部座席に埋もれたままの幼馴染も追随する。
「まさに」
「もし駐車場でないなら並ぶ意味もないぞ」
そう言った先輩の横のガラス越しになにごとか叫ぶ男がいた。
「先輩、ナンパされてます」
右レーンにでるとそのままもときた道を戻る。
「アイスはやっぱりいいなぁ」
神社に戻った私たちは先輩ひとりを加えて、数時間前と同じ石段に座っていた。すでに日も傾きかけ、暑さも和らぎはじめていた。社の煮えたぎるようだった生命感も日差しの弱まりに比例して落ち着いていた。
「参拝に行くか」
先輩は突然そう言うと立ち上がり、斜光の差す境内へ歩いて行ってしまった。私たちは目を合わせ、アイスを舐めながらだらだらとあとに続いた。どこか遠くで、風鈴が夕風にあおられ揺れている。鐘を鳴らす先輩の姿が見えた。鐘の音は風鈴と重なって頭がくらくらするほど辺りに響き渡った。